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ギャンブル依存症ブログ 体験談12 ~バイトでのトラブル~ [管理人体験記]

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4月になり、新年度がスタートした。
1年間の単位はわずか12単位だったが
3回生までは自動的に進級できる為、
俺も2年に進級し、再スタートをきることとなった。

しかし、親に50万の借金を肩代わりしてもらったとはいえ、
残った借金は20万円ある。。。

。。。なんとか、返さないといけないな。。。
と考えていた俺は

去年からのファミレスと、新しく始めたお好み焼屋でバイトを掛け持ちし
秋までには借金を返そうと考えていた。

その為には無理のない返済プランがいる。
毎月の仕送りが6万円、バイト代が12万円ほど。
毎月4万ずつ返して5か月で完済。

この計画を必達すべく俺は意気込んでいた。

しかし、この意気込みは長くは続かない。

ある日、俺はいつものようにバイト先の一つである
お好み焼き屋でバイトをしていた。

そのお好み焼き屋のバイトにはとてもやっかいな
俺より3つ程年上の先輩がいた。

その先輩は見た目はヤンキー風で後輩いじめが好きな人だった。

ターゲットを決めたら無視をしたり、暴言をはいたり、理不尽な雑用を押し付けるなど
新人をいじめては辞めさすことを繰り返し好き放題していた。

社員も古株で仕事はできるので見て見ぬふりをしており、
ヤンキー風の先輩はバイト内で怖いものなし。
ターゲットになりたくない取り巻きも数人いた。

借金返済を早く済ませたい俺は、当初よりバイト時間を延長し
休日前には深夜にバイトに入ることも増えていた。

そこでその先輩とシフトが被ることが増えてしまったのだ。

ターゲットになることは避けたかったが
無理だった。

最初は無視から始まった。
挨拶しても返事がない。
取り巻きの連中も返事をしなくなった。

そしていじめは次第にエスカレートし
「仕事が遅いから休憩するな」
「タイムカード押してから掃除しろ」
1時間おきに意味もなく便所掃除をさせられることもあった。

俺はこのようにいじめられた経験がなく、
耐性もなかった。
何とか我慢していたが、いじめは毎回のことで徐々にエスカレートする。
気分は落ち込み、言い表せようのないイライラが積もっていた。

。。。バイトやめたいけど、借金返すまでは我慢しよう。。。。
そう思い、なんとか歯を食いしばりながらいじめに耐えていた。

しかし、、、いつものように深夜バイトで閉店の掃除をしていた時。

「いいからやれってww」
取り巻きに笑いながら指図する先輩の声が聞こえた。

その瞬間。。
俺の顔に べちゃっと何かがぶつけられた。

床に落ちたぶつけられたものを見ると、
それは、汚れた雑巾だった。

投げつけた取り巻きの一人を見ると
申し訳なさそうな顔をしていた。

その後ろで高笑いをしている先輩。

俺は、無言で雑巾をなげつけた取り巻きを睨み
先輩のもとへ歩いていった。

業務用の冷蔵庫にもたれながら
へらへらと笑い
「お前、顔きたねーな。どうしたの?」
という先輩。

これにはふだん温厚な俺も我慢が出来なかった。

先輩の髪と胸倉をつかみ
思いっきり冷蔵庫に頭を叩き付けた。

痛みでしゃがみ込む先輩の横顔を
俺は足の裏で押し出すように蹴り飛ばした。

そして情けなく倒れた先輩を
何度も何度も蹴り飛ばした。

理性が吹っ飛び、我を忘れていたが、
気が付くと他のバイト仲間から取り押さえられ
先輩から引きはがされていた。




~ギャンブル依存症ブログ 体験談13につづく~
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ギャンブル依存症 症状と症例4 70歳女性 [依存症 症例]

症状・症例.4 【70歳女性 H.Mさん】

地元の女学校を卒業後、専門学校を出て20歳代で上京して、
服飾関係の仕事に従事し、技能士の資格を取得した。
30歳代で、農業技術員の夫と結婚した。




40歳頃に夫の郷里に戻り自宅で婦人服のオーダーメイドの仕事をしていた。
仕事が丁寧なことや納期を守るなどで信用があり、一時期非常に繁盛していた。

夫は6年前に死亡、その後長男夫婦と同居生活をしている。

最近では、洋裁の仕事は最盛期に比べてかなり落ち
込み、月に2万円以下の収入のことが多かった。

本人の収入は、遺族年金(年額約110万円)と厚生年金(年額24万円)および洋裁の
仕事で得た金額である。

消極的・自己主張がうまくできない性格であるものの、一方では強い自尊心を持つ。

60歳の頃に友人から誘われたことがきっかけでパチンコ店に
友人と一緒に通い始めた。

64歳のときに、夫が死亡したが、
その頃からパチンコ店にほぼ毎日一人で通うようになった。

68歳の頃に、H.Mさんに内緒で息子のみが母親のことで精神科に始めて相談する。

それによると、ここ数年間パチンコのことで他人に迷惑をかけているという。
具体的には、婦人服の仕事の完了前に金を借りたり、
パチンコの資金が不足すると友人から金を借りる。
さらにエスカレートし、カードローンを利用し、年金を担保に社会保険や銀行から借金をしていた。

70歳の時に、本人が息子と一緒にギャンブル依存症の治療の為、精神科を受診する。
しかし、本人は受診の理由について「全然分らない」と答え、
精神科を受診させられたことに対して当惑している。

最近では消費者金融サラ金)から金を借り、
返済期限が迫ると別のサラ金から借りて間に合わせ
ているうちに多重債務者となり、借金の総額が約150万円に達しているとのことであった。

サラ金の借金150万円のうち80万円は息子が一括返済するが、
残り70万円の支払いは本人にも責任を持たせながら息子が割賦支払い
の返済計画を立てて支払った。
現在は返済はすべて完済している。

しかし、週に1万円の現金が息子から手渡されパチンコに出かける回数が
週1、2回と減少しているものの継続している。





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ギャンブル依存症の治療方法 やめたいならメモをとれ  [ギャンブル依存症について]

パチンコやスロットは勝った記憶が残りやすい。
これは経験者の誰もが思っていることではないでしょうか?
なぜか負けてるイメージよりも勝っているイメージが残るのです。
勝つと「次も勝てる。もっと勝ちたい」と思い、負けると「取り返そう」と思う。
これがギャンブルで陥りやすい思考回路の一つです。




パチンコ・スロットをしているあなた。
あなたはトータルいくらの収支かわかりますか?
継続年数が長ければ長いほど、時間に余裕があればあるほど
相当な金額をパチンコ店に吸い取られています。

記憶を曖昧にせず、しっかりと台帳にでも記帳し記録を残す。
これも一つのパチンコ依存症を克服する方法でもあります。

パチンコ・スロットで使ったお金を現実的なお金に置き換えて考えてみましょう。
そのお金。。。何回飲みに行けました??何度旅行行けました??

客が負けるようにできているパチンコにわざわざ付き合う必要はないのです。
馬鹿らしいとは思いませんか?時間とお金が!!

ここではパチンコ・スロットで変わる将来を書いてみたいと思います。


まずは、、、
あなたがパチンコ・スロットをやり続けたらこんな将来が待っています。
1. 少なくとも給料の10%はパチンコに使い続けることになる。
2. 生活費とパチンコ代で毎月の給料は消え、貯金ができない。
3.勝ってパチンコ代に消えていく。負けるとさらにお金を使っていまう。
4. 負けることが続けば貧乏な生活をすることがある。
5. 借金に手を出す可能性が高い。
6. お金に余裕がないため、心にゆとりが生まれず、常にストレスを抱える。
7. お金の苦労は性格をねじ曲げ、他人の不幸を喜ぶ・幸せを妬むなど性格が悪くなる。
8. パチンコが中心になり、人生経験が乏しくなっていく。友人や知人が減る。
9.振り返るとパチンコやスロットしか記憶に残っていない。
10. 罪悪感と後悔の毎日で、憂鬱になる。


次は、、、
パチンコ・スロットをやらなければこんな将来が待っています!!
1.急にお金に余裕ができる。
2.ギャンブル中心の生活をしていた人は他のものを買うことがないので、節約しやすい。
3.自分のやりたいこと、趣味が見つかる。
4.時間を有意義に使うようになり、挑戦する気持ちが生まれる。
5.貯金ができるようになり、明るい人生設計をたてることができる。
6.社交的になり、友人や知人が増える
7.冷静さを取り戻し精神的にも生活が安定する。
8.パチンコ・スロットに夢中になっていた自分を不思議に思う。
9.パチンコ・スロットに夢中になっている人を馬鹿らしく感じる
10.時間とお金が生まれることで、あらゆる可能性が広がる。


あなたの人生はギャンブルをやめると激変します。
ライフスタイルにおける大抵の望みは叶えることができます。

望みを叶える為にはオリジナルのメモを作るといいでしょう。
お金が貯まったら何がしたいのか、何が買いたいのか、誰を守りたいのか?
より具体的に書いてください。

挫けそうになったり、気持ちが揺らいでしまったり、
パチンコをやりそうになったときに、このオリジナルのメモを見ましょう。
もし、パチンコに手を出してもこのメモを見てください。

このメモがお守りとなり、必ずあなたの将来を守ってくれます。
管理人自身もこの方法でギャンブル依存症から脱却しています。

今日からこのメモであなたもギャンブル依存症から脱却しましょう。




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ギャンブル依存症ブログ 体験談11 借金親バレ  [管理人体験記]

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父親に殴られた俺は
奥歯で口の中が切れ血の味が口いっぱいに広がる中で
殴られた理由を悟った。




大学進学してから、夏以降はほとんど学校に通うこともなかったのだ。
3月末には1年間の取得単位の通知が実家に届く。

年間で12単位しか取得しておらず、俺の生活を心配し大阪の下宿先へ
飛んできた両親はろくに掃除もされていない散らかった俺の部屋で
何通もの借金の督促状を見つけた。

「お前はろくに学校にも通わず借金をしてどんな生活をしているのか?」
詰め寄る両親の前で俺は黙り込み、
怒声の混じる説教をうつむいたまま聞いていた。

涙を浮かべ問いかける母親の言葉に
ただうなずくだけの反応をする俺。

「もう実家に戻れ」と何度も強く投げかける父親に
俺は「もう一度チャンスをくれ」と懇願した。

このままの生活でいいはずがないことは
俺自身気づいていないわけではなかったからだ。
親が苦労して大学に進学させてくれていることも知っている。

短期間ではあるが春過ぎまでの大学生活は学生らしい
生活ができていたはずである。
しかし、再びスロットははじめ借金をしだしてから
学生生活は狂いに狂った。
スロットをしなければこんなことになっていないのは自分自身わかっていた。

最近は頭にあるのはいかに今の借金をスロットで返していくかだけを
日々考える生活だった。
多少の精神的な疲れもあった俺は反省も含め
「もう一度チャンスをくれ、大学はきちんと卒業したい」
と両親に頭を下げた。

しばらくの沈黙の後
「借金はいくらあるの?」
母親は少し疲れた声で俺に問いかけた。

俺は、小さな声で
「50万くらい...」
と伝えた。

「そんなに!?」
と驚く両親に俺は

「うん。」
と一言だけ返した。

「何に使った?なぜそんな金が必要だったのか?」
再びの問いかけにドキッとしたおれは

力のない声で
「新生活での生活必需品と友達との遊興費」
と嘘をついた。

ギャンブルでできた借金とは伝えれなかった。

さらに実際は70万円あった借金を俺は50万円と嘘をついた。
伝えることができなかったのである。

ギャンブルでの借金なんて1円でも100万円でも同じなのに
20万のサバを読み伝えた。

なぜ、サバを読むのか?なぜ正直にすべてを話さないのか?
これは本人が心の底からの反省が出来ていないからつく嘘である。
やり直したい気持ちはある。
しかし、心のどこかでまだギャンブルに執着している。

とりあえずその場をしのぐ為の嘘、
これがギャンブル依存症なのだと思う。

その日は落胆を隠せない両親だったが、
翌日は若気の至りということで50万円の借金を肩代わりし
生活を立て直すようにと、再度俺を信用してくれた。

申し訳ない気持ちと、
。。。なんとかやり過ごした。。。
という気持ちが入り混じったそんな思いだった。

ギャンブル依存症は良心を持ちながらも
正常な判断を狂わせていく、、、、
精神状態を蝕んでいく、、、、




~ギャンブル依存症 体験談12へ続く~

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ギャンブル依存症ブログ 体験談10 まさかの審査結果 [管理人体験記]

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3社目の消費者金融の無人契約機を目の前に
契約を進めていく。

1・2社目とほとんど変わらない単純な手続きを
少しそわそわしながら進めていく。

頭の中は、借入後に支払わなければならない
費用の計算やスロットに使えるお金の計算で
ぐるぐるとまわっていた。

まだかまだかと手続きを進めて、
やっと終盤の審査に差し掛かったところで
「申し訳ございませんが、審査結果によりお客様とのご契約はできません。」
思いもよらないことがオペレータから告げられた。

一瞬頭が真っ白になった後、
。。。やばい、どうしよう。。。。

新しく借入ができないとなると、
滞った支払いができない。

家賃が払えないとおそらく保証人の親に連絡が行くだろう。
電気がとめられたらしばらく夜は暗闇。冷蔵庫は使えない。
それよりも消費者金融2社からの返済の催促の
電話がバイト先にも入るようになるかも。

まずいことになった。

契約を断られたショックもあったが、
そんなことばかり考えていても問題解決にはならない。

。。。何か案を考えなきゃ、どうにか、、、
そうだ。クレジットカードのキャッシング枠が10万あったはずだ!!
それをひとまず返済にあてよう。。。

危機的であるこの状況をなんとか打破しようと
ひねり出した案は借金に借金を重ねるというものであった。

本当に馬鹿な考えであるのだが、この時は
暗闇に一筋の光が差したような気分となり、
名案とさえ感じた。

この時は金を借りることにもう抵抗はなかった、
これがギャンブル依存症で陥る借金癖である。

キャッシング枠の10万円は
7万円は家賃・光熱費・携帯代に消え
残りの3万円は消費者金融への返済に消えた。
手元にには小銭が残るだけであった。

これで俺の借金は3社から総額70万円の借金となった。


3社から借金をすることとなっても全く生活は変わらず、
まとまった金がなく、スロットができる回数が減っていたものの
バイト代や仕送りが入ると返済や支払いのことは後回しで
パチンコ屋に入りスロットをしていた。

スロットと借金を繰り返す、
そんな綱渡りのような生活を続けていたが、
大学に進学し1年が経った3月末頃、
いつものようにバイトを終え夜遅くにアパートに戻ると部屋の電気がついていた。

電気の消し忘れだと思い部屋のドアを開けると
そこには連絡もなく突然に大阪まで訪れた両親が座っていた。

俺を見た父親は
「お前はなにをやってるんだぁ!!」
と怒声をあげ

次の瞬間、俺は殴られた。




~ギャンブル依存症ブログ 体験談11につづく~
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ギャンブル依存症ブログ 体験談9 ~多重債務者への道~ [管理人体験記]

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初めて消費者金融から借りた30万円は
簡単にその日のうちに消えてなくなった。

しかし、。。。まだまだ金はある。。。
そう考えた俺は、もちろん次の日も3万円ほど借りてスロットを打ちにいった。

パチンコやスロットは約20~30パーセントの人が勝つ仕組みに
なっているらしく、負け続けるわけではない。

しかも、当時は4号機時代。
10万・20万勝つこともしばしばあった。

そんなこともあってか、30万円の俺のカードは借入と返済を繰り返しながら
何ヵ月かはなんとか生活をしていた。

そのころ俺は、借入と返済を繰り返すうちに借入可能額を銀行の残高と同じように
考えるようになっていたのだと思う。

しかし、勝ちと負けではもちろん後者が多いのが
ギャンブルというもので、結局限度額の30万円が底を尽きそうになっていた。

。。。ギャンブルの度が過ぎて、大学も行ってないし単位やばいよな、、、
借金まで抱えて、俺はなにやっているんだろう。。。。

借金の苦痛や、大学の単位のことなど
スロットに勝っている時は何も考えないのだが、
負けた時やお金がないときはマイナス思考となり後悔をすることが多くなっていった。

そして初めて消費者金融から借金をしてから半年ほどたった頃、
俺は2社目の消費者金融から
1社目と同じく30万円を借り入れていた。
多重債務者への道を歩みだしたのである。

現在は法改正があり年収の3分の1までしか借入が出来なくなっているが、
当時はバイトで年間100万円ほどしか稼いでない俺でも
そのくらいの借入が可能だった。

この2社目の借入はスロットで仕送りの家賃分に手を出してしまい
家賃滞納したあげくの行動だった。

何度も借入と返済を繰り返していたこともあり、
借入を増やす抵抗は無くなっていた。
返済計画なんてまったくないのに。

そしてもちろん2社目もあっという間に限度額いっぱいまで
スロットで使い込んでしまうこととなる。

そうなると当然、3社目から借りようとする。
俺は自分ではまだまだぜんせん気づいていないが、
まぎれもないギャンブル依存症となっていた。

。。。3社目からお金を借りて、家賃を払って・電気とガスを払って、
カードの返済をして、、大丈夫!!30万借りたら20万は残る!!!。。。

こんなことを考えながら3社目の無人契約機へ向かって行った。






~ギャンブル依存症 体験談10につづく~
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ギャンブル依存症ブログ 体験談.8 はじめてのア●ム [管理人体験記]

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バイト代をつぎ込み生活費をつぎ込み、、
それでもスロットを打ち続ける。。。

あっという間に底を尽きた貯金
離れっていった、彼女や友人も顧みることなく
ひたすらにスロットに明け暮れていた。

しかし、お金がないとパチンコ屋に行くことはできない。
ある日、軍資金のない俺は次のバイト代が入るまで、
スロットを我慢するしかなく、給料日を首を長くして待っていた。

そんな時、京都大学に進学したタクトから電話が入った。
「最近どうよ?勝ってる??」

俺は、大阪でのパチスロ生活を熱く語り
最後に給料日まで金がないことを告げた。

お金がないことを告げた俺にタクトは
「ア●ムとか行ったらいいじゃん、簡単に金借りれるよ。
バイトしてるなら学生でも借りれるし。ただバイト先に電話は入るけどw」

明るく消費者金融を進めるタクトは京都でのスロット生活で負けが続き、
消費者金融2社から70万円借りてるとのことだった。

友人間で少額の金の貸し借りは経験があるものの
銀行や消費者金融で金を借りるなんてことはしたことがなかった。

しかし、スロットが打ちたくて我慢をしていた俺は
タクトの提案を素直に聞き入れ、
。。。タクトも借りてるなら、大丈夫か。。。
と安易に借金することを決断してしまった。

タクトから金を借りる手順を教えてもらい
翌日すぐに実践した。

聞いていた通り、お金を借りることは
信じられないくらいにとても簡単だった。

1.申込みは無人契約機での自動受付
2.オペレーターとは電話で会話し、手順等説明あり
3.身分証・給与明細を無人契約機のスキャンで提出
4.過去の借入状況などの信用調査
5.バイト先に本人が働いているかが、偽名で電話確認がある
6.問題がなければ契約完了。カード発行
これらの流れが約30分程度で完了し
30万円の借入限度額があるカードを手に入れた。

。。。お金って簡単に借りられるもんだな。。。
。。。勝てばすぐに返済すればいいんだから給料日までの軍資金だな。。。
俺はとても楽観的に考えて、早速3万円ほど借りてその足でいつも通うパチンコ屋に
向かっていった。

30万もの借金をしたにも関わらず、大金を手に入れたような感覚となり
俺は気持ちも大きくなっていた。
判断能力はこの時からギャンブル依存症によって蝕まれていたのである。




~ギャンブル依存症 体験談9につづく~

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ギャンブル依存症ブログ 体験談7 失敗と新生活 [管理人体験記]

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浪人生時代にギャンブルを覚え、
春から大阪大学に進学した俺は1ヶ月もすれば受験失敗のショックから
すっかり立ち直り、一人暮らしを満喫するようになっていた。

新生活は充実していて、新しくできた学部の友達と
新歓コンパで大騒ぎしたり、高校から付き合っていた
先に大阪の大学に進学していた彼女とデートをしたり。

金はなかったが毎日をめいいっぱい楽しんでいた。

しかし、金が無い、、、
家からの仕送りは6万円。
4万の家賃と光熱費、携帯代で全て消えてしまう。
実家が米作っているので食べるには困らないのだが
スロットで貯めていた20万ほどの貯金
遊興費であっという間に減っていく、、、

当時はまだスロットは勝てるものと考えていた俺は
約半年ぶりに近くのパチンコ屋に立ち寄った。

俺が進学した大学は関西でも一番のマンモス校であり
近隣にも大学が多く、俺が立ち寄ったパチンコ屋は
大学生が溢れかえっていた。

店も大きいが、やはり田舎とは違い
人が多い。選べる台がほとんどない。。。

しかし、久しぶりのパチンコ屋に興奮した俺は
どうしてもスロットがしたくなり
高設定が期待できそうもない台に座り、手持ちの2万円を
1時間ほどで無くしてしまった。

負けて悔しかったがそれでも楽しかった。
毎日が充実していたにも関わらず、
スロットで得られる高揚感は何事にも代え難いものだった。

そしてこれをきっかけに大学生活をギャンブル漬けにし
ギャンブル依存症への道をこの時から歩み出して行くこととなる。

並行して始めたファミレスでのバイト代は必要最低限以外はスロット資金へ、
友達や彼女と遊ぶよりスロットしている方が楽しく、友達とは疎遠に、、、
彼女にはもちろん振られた、、、。

大学の講義もサボりはじめ
秋頃にはほとんど大学に行くことはなく
パチンコ屋へ朝から出勤するような
堕落した生活となっていった。

その頃になるとスロットでの収支はもちろんマイナス。
スロットに勝っても次の日の資金へといった具合で
手元に残るお金はなかった。

次のバイト代まで金が無く、2週間米とミソだけで
過ごしたり、電気やガスが止まることも増えて行った。

金銭感覚が完全に狂っていた。

手持ちの金があればなくなるまでスロットをする。

大学1年生、この時から俺はギャンブル依存症となっていた。





〜ギャンブル依存症 体験談8につづく〜
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ギャンブル依存症 借金問題 自己破産できる? [ギャンブル依存症と借金問題]

ギャンブルっていうものは本来は、おこずかいの範囲内、
余ったお金で楽しむべきものではありますが、
ギャンブルの魔力はすさまじく、一度はまると自分の生活を脅かすほどの
お金を使ってしまい、多大な借金まで作ってしまいます。

そしてギャンブル依存症のほとんどの人が抱えるのが
借金問題です。




多大な借金を抱えると人は精神を蝕み、犯罪や自殺、心中など思いもよらない
行動を起こすことあります。

ギャンブル依存症はこの借金問題が必ず、つきまといます。
どうにか、クリアしないと健全な生活には戻れません。

多大の借金ができたら選択肢は2つ

①返済する ②返済できない極論を言えば結局のところこれしかないですよね。

もちろん返済するのが一番なので、可能な限り返済するを
選択すべきであると考えますが、
しかしながら、状況によっては返済が不可能な場合もあると思います。


ではそんな人がとる手段はなにがある?

債務整理自己破産※どちらも銀行等の個人信用情報は事故扱いとなりブラックリスト入りとなります。

以上の2つです。
これらは弁護士や司法書士など法律の専門家に相談する必要があります。

①債務整理は法律の専門家に相談して、借入先の利子をストップしてもらい 3年~5年をめどに全額返済するというものです。
②自己破産は弁護士や司法書士に相談して 裁判所で支払いが不可能であると認められ、 免責が許可されると、税金等を除くすべての債務を支払う必要がなくなる制度です。

どちらを選択しても当然リスクはありますが
選択しないといけない状況では仕方ありません。
それ以上の不幸があなたや家族に押し迫ってくる可能性があるからです。

しかし、ギャンブルでの借金は自己破産ができない
よくネットでは書き込みされています。。。



実際にそうなのでしょうか?


破産
(免責許可の決定の要件等)
第二百五十二条  裁判所は、破産者について、次の各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。

四  浪費又は賭博その他の射幸行為をしたことによって著しく財産を減少させ、又は過大な債務を負担したこと。


確かに、破産法には
「賭博での借金はNGですよ~。免責しませ~ん。」と定められているようです。


自己破産の中には裁量免責と言う
言葉があります。

裁量免責とは、免責不許可事由が存在するときでも、裁判所は必ず免責不許可決定をしなければならないわけではなく、破産手続開始決定に至った経緯その他一切の事情を考慮して、免責を許可することが相当であるときは、裁量で免責を許可することもできるものです。

基本的にギャンブルや浪費が原因で出来た借金は自己破産はできないのですが
裁判所は結局はその人のそこに至るまでの
「経緯・状況・程度・環境・債権者の声など、いろいろ考えて免責の決断しますよ~」ってことらしいです。

実際は余程、あくどい借金(詐欺まがいな借入)をしていなければ
おおよそ免責の許可が下りているうようです。

もちろん100%免責されるわけではないので
信頼できる弁護士・司法書士に相談は必要不可欠と言えま
費用は個人の自己破産の場合は30万円
くらい相場のようです。

私の経験上、ギャンブル依存症の苦しみの8割は借金の苦しみだったように思います。
借金があると健常な生活には戻れません。 必ずこの壁は打破しましょう!!!!





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ギャンブル依存症ブログ 体験談6 不安と焦り [管理人体験記]

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「やばいよw 春から全然成績上がってねーから」
本当は不安があるにも関わらず笑って答える俺。
自分で答えながら少し悔しくなって

「タクトもやばいんじゃないの?」
悔しさと不安から、質問を投げ返した。


タクトは少し、不思議そうな顔をして
「あれ?言ってなかったっけ?俺、志望校受かったよ」
。。ウソだろ。。。
俺は正直時間が止まった。

今ではよく聞くことが多いAO入試
俺たちの頃はまだ浸透してなくて、AOがある大学
少なかった。
タクトはその試験を秋頃に受験したとのことだった。

「そうか、ももんがとはスロットの話ばっかだもんなw
ごめんごめん、報告が遅くなってw」

タクトが受かったのは関西の有名私立の立●館の法学部・・・

「お、おめでとう、、」
ようやく出てきた言葉は
動揺を隠せず、どもっていた。

毎日のようにタクトと行動を共にしていたのに、
俺たちの会話はスロットのことばかり、
この台がどうとか、あの店が出るとか。。。

浪人生なのに受験の会話をまったくしないのだから、
知らなくても不思議ではないが
それでもショックだった。

裏切られたような感覚すらあった。

そして同時に、不安と焦りが押し寄せてきて
その日から俺は一時スロットやめて、
12月~3月まで狂ったように勉強をした。。

タクトに誘われることも多かったが
金がなくなったと嘘をつき猛勉強をした。

結果は、、、惨敗だった
志望していた大学はことごとく落ちた。。


受験勉強は冬から本腰入れて
勉強するような奴に微笑むような
甘い世界ではなかった。

結果俺はすべり止めで受験し、
唯一受かった大阪の大学に進学することとなった。


受験失敗。

ギャンブルに依存するがあまり
俺の人生につぎつぎと悪影響を与えていくのだが、
この浪人時代に覚えたスロットからすべてが始まった。

~~~~~~~~~~

そして俺は
春から大学生となり、
一人暮らしを始めることとなる。




~ギャンブル依存症 体験談7につづく~
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