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ギャンブル依存症ブログ 体験談9 ~多重債務者への道~ [管理人体験記]

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http://pachiyame.blog.so-net.ne.jp/2015-08-22






初めて消費者金融から借りた30万円は
簡単にその日のうちに消えてなくなった。

しかし、。。。まだまだ金はある。。。
そう考えた俺は、もちろん次の日も3万円ほど借りてスロットを打ちにいった。

パチンコやスロットは約20~30パーセントの人が勝つ仕組みに
なっているらしく、負け続けるわけではない。

しかも、当時は4号機時代。
10万・20万勝つこともしばしばあった。

そんなこともあってか、30万円の俺のカードは借入と返済を繰り返しながら
何ヵ月かはなんとか生活をしていた。

そのころ俺は、借入と返済を繰り返すうちに借入可能額を銀行の残高と同じように
考えるようになっていたのだと思う。

しかし、勝ちと負けではもちろん後者が多いのが
ギャンブルというもので、結局限度額の30万円が底を尽きそうになっていた。

。。。ギャンブルの度が過ぎて、大学も行ってないし単位やばいよな、、、
借金まで抱えて、俺はなにやっているんだろう。。。。

借金の苦痛や、大学の単位のことなど
スロットに勝っている時は何も考えないのだが、
負けた時やお金がないときはマイナス思考となり後悔をすることが多くなっていった。

そして初めて消費者金融から借金をしてから半年ほどたった頃、
俺は2社目の消費者金融から
1社目と同じく30万円を借り入れていた。
多重債務者への道を歩みだしたのである。

現在は法改正があり年収の3分の1までしか借入が出来なくなっているが、
当時はバイトで年間100万円ほどしか稼いでない俺でも
そのくらいの借入が可能だった。

この2社目の借入はスロットで仕送りの家賃分に手を出してしまい
家賃滞納したあげくの行動だった。

何度も借入と返済を繰り返していたこともあり、
借入を増やす抵抗は無くなっていた。
返済計画なんてまったくないのに。

そしてもちろん2社目もあっという間に限度額いっぱいまで
スロットで使い込んでしまうこととなる。

そうなると当然、3社目から借りようとする。
俺は自分ではまだまだぜんせん気づいていないが、
まぎれもないギャンブル依存症となっていた。

。。。3社目からお金を借りて、家賃を払って・電気とガスを払って、
カードの返済をして、、大丈夫!!30万借りたら20万は残る!!!。。。

こんなことを考えながら3社目の無人契約機へ向かって行った。






~ギャンブル依存症 体験談10につづく~
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ギャンブル依存症ブログ 体験談.8 はじめてのア●ム [管理人体験記]

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バイト代をつぎ込み生活費をつぎ込み、、
それでもスロットを打ち続ける。。。

あっという間に底を尽きた貯金
離れっていった、彼女や友人も顧みることなく
ひたすらにスロットに明け暮れていた。

しかし、お金がないとパチンコ屋に行くことはできない。
ある日、軍資金のない俺は次のバイト代が入るまで、
スロットを我慢するしかなく、給料日を首を長くして待っていた。

そんな時、京都大学に進学したタクトから電話が入った。
「最近どうよ?勝ってる??」

俺は、大阪でのパチスロ生活を熱く語り
最後に給料日まで金がないことを告げた。

お金がないことを告げた俺にタクトは
「ア●ムとか行ったらいいじゃん、簡単に金借りれるよ。
バイトしてるなら学生でも借りれるし。ただバイト先に電話は入るけどw」

明るく消費者金融を進めるタクトは京都でのスロット生活で負けが続き、
消費者金融2社から70万円借りてるとのことだった。

友人間で少額の金の貸し借りは経験があるものの
銀行や消費者金融で金を借りるなんてことはしたことがなかった。

しかし、スロットが打ちたくて我慢をしていた俺は
タクトの提案を素直に聞き入れ、
。。。タクトも借りてるなら、大丈夫か。。。
と安易に借金することを決断してしまった。

タクトから金を借りる手順を教えてもらい
翌日すぐに実践した。

聞いていた通り、お金を借りることは
信じられないくらいにとても簡単だった。

1.申込みは無人契約機での自動受付
2.オペレーターとは電話で会話し、手順等説明あり
3.身分証・給与明細を無人契約機のスキャンで提出
4.過去の借入状況などの信用調査
5.バイト先に本人が働いているかが、偽名で電話確認がある
6.問題がなければ契約完了。カード発行
これらの流れが約30分程度で完了し
30万円の借入限度額があるカードを手に入れた。

。。。お金って簡単に借りられるもんだな。。。
。。。勝てばすぐに返済すればいいんだから給料日までの軍資金だな。。。
俺はとても楽観的に考えて、早速3万円ほど借りてその足でいつも通うパチンコ屋に
向かっていった。

30万もの借金をしたにも関わらず、大金を手に入れたような感覚となり
俺は気持ちも大きくなっていた。
判断能力はこの時からギャンブル依存症によって蝕まれていたのである。




~ギャンブル依存症 体験談9につづく~

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ギャンブル依存症ブログ 体験談7 失敗と新生活 [管理人体験記]

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浪人生時代にギャンブルを覚え、
春から大阪大学に進学した俺は1ヶ月もすれば受験失敗のショックから
すっかり立ち直り、一人暮らしを満喫するようになっていた。

新生活は充実していて、新しくできた学部の友達と
新歓コンパで大騒ぎしたり、高校から付き合っていた
先に大阪の大学に進学していた彼女とデートをしたり。

金はなかったが毎日をめいいっぱい楽しんでいた。

しかし、金が無い、、、
家からの仕送りは6万円。
4万の家賃と光熱費、携帯代で全て消えてしまう。
実家が米作っているので食べるには困らないのだが
スロットで貯めていた20万ほどの貯金
遊興費であっという間に減っていく、、、

当時はまだスロットは勝てるものと考えていた俺は
約半年ぶりに近くのパチンコ屋に立ち寄った。

俺が進学した大学は関西でも一番のマンモス校であり
近隣にも大学が多く、俺が立ち寄ったパチンコ屋は
大学生が溢れかえっていた。

店も大きいが、やはり田舎とは違い
人が多い。選べる台がほとんどない。。。

しかし、久しぶりのパチンコ屋に興奮した俺は
どうしてもスロットがしたくなり
高設定が期待できそうもない台に座り、手持ちの2万円を
1時間ほどで無くしてしまった。

負けて悔しかったがそれでも楽しかった。
毎日が充実していたにも関わらず、
スロットで得られる高揚感は何事にも代え難いものだった。

そしてこれをきっかけに大学生活をギャンブル漬けにし
ギャンブル依存症への道をこの時から歩み出して行くこととなる。

並行して始めたファミレスでのバイト代は必要最低限以外はスロット資金へ、
友達や彼女と遊ぶよりスロットしている方が楽しく、友達とは疎遠に、、、
彼女にはもちろん振られた、、、。

大学の講義もサボりはじめ
秋頃にはほとんど大学に行くことはなく
パチンコ屋へ朝から出勤するような
堕落した生活となっていった。

その頃になるとスロットでの収支はもちろんマイナス。
スロットに勝っても次の日の資金へといった具合で
手元に残るお金はなかった。

次のバイト代まで金が無く、2週間米とミソだけで
過ごしたり、電気やガスが止まることも増えて行った。

金銭感覚が完全に狂っていた。

手持ちの金があればなくなるまでスロットをする。

大学1年生、この時から俺はギャンブル依存症となっていた。





〜ギャンブル依存症 体験談8につづく〜
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ギャンブル依存症ブログ 体験談6 不安と焦り [管理人体験記]

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「やばいよw 春から全然成績上がってねーから」
本当は不安があるにも関わらず笑って答える俺。
自分で答えながら少し悔しくなって

「タクトもやばいんじゃないの?」
悔しさと不安から、質問を投げ返した。


タクトは少し、不思議そうな顔をして
「あれ?言ってなかったっけ?俺、志望校受かったよ」
。。ウソだろ。。。
俺は正直時間が止まった。

今ではよく聞くことが多いAO入試
俺たちの頃はまだ浸透してなくて、AOがある大学
少なかった。
タクトはその試験を秋頃に受験したとのことだった。

「そうか、ももんがとはスロットの話ばっかだもんなw
ごめんごめん、報告が遅くなってw」

タクトが受かったのは関西の有名私立の立●館の法学部・・・

「お、おめでとう、、」
ようやく出てきた言葉は
動揺を隠せず、どもっていた。

毎日のようにタクトと行動を共にしていたのに、
俺たちの会話はスロットのことばかり、
この台がどうとか、あの店が出るとか。。。

浪人生なのに受験の会話をまったくしないのだから、
知らなくても不思議ではないが
それでもショックだった。

裏切られたような感覚すらあった。

そして同時に、不安と焦りが押し寄せてきて
その日から俺は一時スロットやめて、
12月~3月まで狂ったように勉強をした。。

タクトに誘われることも多かったが
金がなくなったと嘘をつき猛勉強をした。

結果は、、、惨敗だった
志望していた大学はことごとく落ちた。。


受験勉強は冬から本腰入れて
勉強するような奴に微笑むような
甘い世界ではなかった。

結果俺はすべり止めで受験し、
唯一受かった大阪の大学に進学することとなった。


受験失敗。

ギャンブルに依存するがあまり
俺の人生につぎつぎと悪影響を与えていくのだが、
この浪人時代に覚えたスロットからすべてが始まった。

~~~~~~~~~~

そして俺は
春から大学生となり、
一人暮らしを始めることとなる。




~ギャンブル依存症 体験談7につづく~
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ギャンブル依存症ブログ 体験談 5 自惚れ [管理人体験記]

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タクトに誘われて初めてパチンコ屋に出入りするるようになってから
約1ヶ月、俺は連戦連勝をお納めていた。

今考えても不思議ではあるが
5000円ほどあれば大抵ボーナスを引き
即ヤメをする。
小額ではあるものの行けば数千円のプラスという
1ヶ月を過ごしていた。

数人の予備校仲間と打ちに行っても
俺だけが勝つということもしばしばあり、
間違いなく自惚れと勘違いではあるのだが
俺はスロットのセンスがあると思い込んでいた。

タクトから目押しの重要さ、機種の特徴などを
教えてもらい、自分でもパチンコ雑誌を購読し
次第に1人でもパチンコ屋に行くようになった。

最初は出れば即ヤメを繰り返していた俺であったが、だんだんと欲が膨らんできて
タクトから度々聞いていた「設定」を意識するようになり
高設定が期待できる台に座ると少しずつ深追いをするようになっていった。

また今では考えられないが当時のパチンコ屋は
朝一でボーナスがすでに入っている台を
店が用意をしており、その台に座るため常連客に混じって
早くから店に並び、開店と同時に我先にと走って台に飛びついていた。

浪人生であるにも関わらず
パチンコ屋に滞在する時間は増えていった。

スロットを始めて2ヶ月が過ぎる頃には
ほぼ毎日パチンコ屋に行くようになった。

とにかく楽しかった、
受験へのプレッシャーをスロットしている時だけは
忘れることができた。

人生の大きな分岐点となる時間に
俺はスロットというギャンブルを覚え
その楽しさと刺激を求め、貴重な時間を潰した。

受験の苦しさから逃げ、目を背けていた。

そして夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が始まった。

いつの間にかスロットをしている予備校生は俺とタクトだけになっていた....

一緒に打っていた予備校仲間も夏が終わる頃には
パチンコ屋に行くことはなく自分の目標に向けて
しっかり勉強をしていた。

俺たち2人だけが相変わらずパチンコ屋に通っていた。

俺も内心は焦っていた。
成績も変わらず、志望校合格には程遠い。

やらなくちゃいけないのは心の中ではわかっていた。
ただそれを行動に移せなかった。
タクトがいるから一人じゃない。
そんな甘えもあった。

いつものように朝から新台を獲得するために店に並んでる俺に、タクトが

「ももんが、毎日スロットばっかりだけど受験大丈夫なの?」
お前には言われたくねーよ。
と思いながらではあるが痛いところをつかれた。





〜ギャンブル依存症 体験談 6 つづく〜


ギャンブル依存症ブログ 体験談 4 ビギナーズラック [管理人体験記]

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「これがBIGボーナス!!」

タクトは横からではあるが、取りこぼしの無いようにと
リールを止めていく。

あっという間に下皿にメダルが増えていく。。。

「これで何円分?」

「8千円弱かな。」

「おおー!!そんなに!?」

予備校に通いながらカラオケ屋でバイトをしていた俺にとっては
。。。8000円ってことはカラオケ屋での10時間分がものの1、2分で。。。

俺の中の金銭感覚が少し崩れる音がした。

その後も交代でスロットを回しBIG・BARを数回。
結果、2万円勝ちとなった。
「ももんが、引き強いから勝てたわ!センスあるわ!」
タクトの言葉に俺は素直に喜んでいた。
帰る頃には少し自信もつけてた俺は
「今度は俺も自分の金で打ってみるよ。」

タクトに聞くとスロットだけで月に10万は稼いでいるとのことだった。
。。これも後々、嘘だったことが発覚するのだが。。。


俺の初めてスロットをした印象は
パチンコ屋って思ってたより雰囲気悪くないし、
想像してたみたいに柄の悪い人達が集まってないな。
俺たちくらい若い奴らも多い。女の人もいるし。

何よりタクトみたいに儲けることができれば
めんどくさいバイト行くこともないし、勉強する時間が多くとれる。
10万れば月に1回大阪にいる彼女に会いにいける!!!
いいこと尽くしじゃないか!

楽観主義は生まれながら持ち合わせていたのだが、
これがギャンブル依存症への入り口とも知らず、、
一人舞い上がっていた。

ギャンブルにはまる人の多くが体験したことのある、
恐ろしい体験、ビギナーズラック・・・・

管理人は、最初の1か月で本当に10万円勝つこととなる。
まさかこんなことになるとは思いもよらず。
19歳の俺は有頂天!!


今、思い返せば、

最初のタクトの誘いを断っておけば、、、
ビギナーズラックがなければ、、、、
依存症も借金も家族も、、、、





ギャンブル依存症  体験談5へ~つづく~

ギャンブル依存症ブログ 体験談 3 経験のない刺激 [管理人体験記]

体験談1はこちら↓↓
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「えっ?無理だよ。俺、ど素人だから」
ビックリして断る俺に、

タクトは笑いながら
「関係ないよwこれは運だけだからw」
と交代するように席を空けた。

知らなかった…
すごく目がいい人やリールのタイミングの経験を積んだ人だけが勝てるのかと思ってた…。

運ってことは…
クジみたいなもんってことか…
誰でも一緒なら俺でも一緒…

俺はタクトと席を代わり
人生初めてのスロットに手を出した。

タクトは一つ一つ丁寧に教えてくれる
リールのタイミングの取り方から狙う絵柄まで…

何もわからない俺は先生の言うとおりに実践しようと…タクトの金だし…適当にはできないな。

そんなことを思いつつプレイした。

ギャンブルにはまる者の多くが経験する、ビギナーズラック。

経験してしまった。

席を代わってすぐだった、
効果音と画面フラッシュ
何が起きたかわからない俺の前に
タクトの手が横から伸びてきて 
目の前で777をとめた。

いきなり始まる大音量のBGM…
ジャラジャラと出てくる大量のメダル…

すごい刺激だった。





ギャンブル依存症 体験談4へ〜つづく〜

ギャンブル依存症ブログ 体験談 2 悪魔の誘い [管理人体験記]

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スロット寄って帰ろうよ」

俺は、
「いいけど、やったことないし、見るだけなら」
と返した。

興味はあったしスロットという響きに大人の格好良さを感じたものの、
そこはやはりギャンブル
損をするのは嫌なので自分は打ちはしない、ただ見るだけにしよう。

そう思い、タクトの誘いについて行き人生初のパチンコ屋に入った。

大音量で流れる音楽...
充満するタバコの臭い...
電飾できらびやかな内装...

今まで見たことのない世界に圧倒される俺をしり目に、
データを見ながら堂々と歩き出すタクト…。

あまり離れないように、アヒルの子供のように連なる俺…。

内心ビビってるが、もちろんそこは悟られないようについていく。

タクトが座ったのは
初代「サンダーV」という機種だった。

・サンドに千円を入れてメダルに交換をする。
・メダルを入れてレバーを叩く。
・ボタンを押してリールを止める

このスロットをする者にとっては当たり前の行動を
俺は興味しんしんでタクトの後ろに立ち、
食い入るように見ていた。

するとタクトが
「ももんが、隣で座って打ってるふりしといてよ」

???
なぜ?打つふり?

理由は非常に単純だった。

通路に突っ立ってると通行の邪魔になり
店員からしばしば注意を受けるとのことだった。

なるほど、パチンコ屋にもマナーあるんだな。

成長過程で「パチンコ屋は悪!!」
と植え付けられていた俺の心は一瞬で
不良が雨の中隠れて猫に餌をあげている場面に遭遇した女子中学生の感情と重なった。

タクトは俺の下皿に10枚程度のメダルを投げ入れ、
座ってと合図してきた。

決して快適ではないが座り心地の悪くない椅子に腰掛け。
横目でタクトがメダルを入れ…の場面をずっと見ていた。

サンドに1000円また1000円と入れて行くタクト。
タクトは負けていた。。。

俺は
。。やめとけ。。ギャンブルは勝てないんだよ。。この金で何回カラオケ行けるんだよ。。
と心で呟きながら見守っていた。

その時、
「ももんがちょっと代わりに打ってみる?」
タクトが俺に声をかけた。





ギャンブル依存症 体験談 3へ〜つづく〜

ギャンブル依存症ブログ 体験談 1 すべての始まり [管理人体験記]

今から16年前。
1999年 まさに世紀末。

俺の地獄は始まった。






当時、俺は西日本のとある県の予備校生。
市内では有名な進学校をギリッギリで卒業し、関西にある志望校進学の為に毎日電車で予備校通いをしていた。

一足先に大阪に進学した持田香織似の彼女とはとてもピュアな関係で、もちろん大人の関係も無し。

彼女との同棲生活を夢見て、毎日勉強に明け暮れていた。

そんな時に奴と出会った。
名前はタクト 同じ予備校で小柄ではあるがオシャレ短髪のよく似合うイケメンだった。

タクトとは高校は違っていたが同じ塾に通っていたこともあり、予備校で再開した直後から一緒に行動することが増えた。


浪人生の夏。
人生をかけた大勝負の季節。


タクトは予備校帰りに俺に言った。

スロット寄って帰ろうよ」

今でもハッキリと覚えている。
少し嫌悪感を感じる響きだった。

同時に19歳の俺には初めてタバコに火を点けるような…そんなドキドキを感じた。

大人と子供の境目。
きっとそこには歪がある。

スロットはその歪に入り込んで
その後長年俺の心に住み着くこととなる。






ギャンブル依存症 体験談 2へ〜つづく〜

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